離れ往くもの やって来るもの

kohya_hibiki+spirituality2012-07-19



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手放せば必ず入ってくる。

秘匿されたものからの攻撃で最も厄介なものは、発射地点がわからない攻撃。


大きいエネルギーを持てば持つほどこの手のゲリラ攻撃の攻撃対象になりますが、王の光りの中にはそれらに対抗する対抗策も用意されている。


草薙剣


秘匿されたエネルギーを顕にするために葦原を焼き払う。


シャーマニズムの強化は、このような内なる“怖れ”の根源と向き合い、その怖れの根源となったエンティティを食っていく行為。


そのエンティティに神名を与えた時、そのエネルギーは消える。仏教で言えば“成仏させる”というもの。

ただ、その成仏させるというのは霊格の低いものだけにしか適用できないから、霊格の高いものには適用できない。

霊格の高すぎるものについては“まとわりつく”のではなく“意図的に知らしめる”という目的を持っている。


これが“メッセージ”の根源。その受信に“まとわりつき”が必ず必要かと言えばそうでもない。まとわりつかれたものからエッセンスが弾かれるよってそれを受けとることもできるし、過去の痕跡を辿ってエッセンスをこちら側から取得することもできる。


シャーマニック・エッセンスを持っている方が、これから逃げることはできない。思考ではなく、エネルギーボディがそれを選んでいるからです。


逃げれば逃げるほど追ってきます。熊と同じ。


一般的な原理はセッションの中でお伝えしているのでこれくらいにして、裏で動くエネルギー源、今回はとても大きい。

“笑いと酵母”のHMT巡礼の中で多くのネガティブエネルギーは寄り付けなくなっていたので、そのプラットホームを揺さぶる非常に興味深いもの。


先月末の大祓えの時に気になっていた琵琶湖の西の湖へ。

カヤノヒメさま方々、ヒコイマス王、タジマモリ、スクナヒコナが絡むケルティック古墳時代

前回ワーク星田妙見などの記事がなぜか書けない。ヒコボシのヒが強過ぎる、水を流す必要がある。『織姫はいるのか?』という疑念が強く出ている。


火(ヒ)を氷(ヒ)に転換する日之本国のシャーマニズムが必要。


ヒコボシ、ヒコイマス、アメノヒボコ、これらのヒは全て氷のヒではないのか?

私の中のオグマが説明しようとしているのもこれ。そして、“笑いと酵母”のプラットホームごと吹き飛ばそうとしているのもこれ。

”笑い”を終わらせるのは”スベリ”です。スベルためには凍らせる(chilled/child)必要があります。スベルは統べるでもあり、”国”。childは凍らせて、滑らせて、子供(鶴亀)を出す。だから国常立(国と子たち)

例えば、子供はオチがわからない無邪気さを持っているから、オチに対して場を凍らせる性質があります。このプラットフォーム替えというのはとても恐ろしい。オチはチルドに対して何の対策も講じられません。ぐんかんぐんかんちんぼつ、ちんぼつちんぼつはれつ、を考えてもらえばわかりますが、ただ、チルドを超越するものもあります。それが「御神渡りwikipedia:諏訪湖でもあります。そして「御神渡り」はオチに弱いです。グーチョキパーの関係です。明石ワークで「御神渡り」と称して手水の氷をカチ割ったのはカニレジェンドさん。オチが「御神渡り」に勝った瞬間です。



織姫は機織りで“鶴”


次回は敦賀で国常立(国と子たち)


私たち現代人は、そのヒコボシの疑念に油を注いできた。ヒコボシは烈火の炎で怒っている。怒りを鎮めるのは船、イカリヤを鎮めるのはドリフ。


法隆寺ワークのイカリヤシンクロのこともまだ書けていない。是非皆さんに情報発信できる方に参加してもらい書いてもらえれば嬉しい。


斑鳩でもイカルガ峯(星田周辺)でも“パリは燃えている”状態。本当は“ハルは萌えている”状態にならなければいけない。萌えは“水”。

タタラが山を燃やしたというのは本当か?いや、タラの女神は元々、大地の女神。私たちがやらなければならないのは“女神転生


何度も書きますがナガスネヒコは葦原の根元に付着した鉱物を採取して金属武器を作っていた萌え木の王。山を削り河を汚した金属第二派とは根本的に異なる。

澄み良しを基本とする葦原から出奔するのは天の川船。八十島祭のオーソドックスな光景。野洲の三上山から琵琶湖の対岸へと渡る。または、淀川河口から廣田の地に渡る。


星は“干し”でもある。天羽衣が干されているのは、その羽衣が星に由来していること、そしてそれが本来の形ではなく文字通り“ホサレテイル”ことを意味している。


では何をするか?といえば乾いているので水に浸す、ということ。浸す(常陸)・晒す(皿)というのは今度は太陽を意味する。


“油”とはサンズイ(水)に由。水と相容れない理由、訳があるからそう呼ぶ。

ホンダワケ、タケヨリワケ、ワケノキヨマロ、ワケ名は古墳時代から使用される皇族名。それ程、“理由”というのは重視された。『訳を聞かせてくれ』→『それを由(よし)としよう』

水と相容れない理由を知っているものは火に油を注がない。


アブラカタブラは、古くは火を治める呪文ではなかったか。つまり“油”をアブラと呼ばせるようになったのも深い意味がある。“油”は“ユ”とも読む。湯、結、など融合の意味合いが大きい。特に“湯”は、火と水の融合で神事にもなっている。


コノハナサクヤ姫の産屋は燃えたのではない、本当は“結われて”萌えたのだ。サクヤ姫を疑ったのもヒコボシの疑念。氷(ヒ)が火(ヒ)に変えられたことによってずっと繰り返されているおかしなサイクル。火中出産wikipedia]

鹿葦津姫または葦津姫(カヤツヒメ)が本名で、コノハナノサクヤビメは別名wikipedia:コノハナノサクヤビメ

とされているように本名は葦です。サクヤビメ神話の生まれた地は西の湖であると思います。

ニニギというのは、賑やかの語源。子供がたくさんできて賑やかな葦屋の中で過ごしたというのが本当の神話。お母さんのwikipedia:栲幡千千姫命は、織物の神。おばあちゃんが孫たちに服を織ってくれた。そして皆、幸せに暮らしたとさ、というのが本当の話。鶴が機織を見られて「見たな〜」的なものもない。

縄文時代は居住区域のすぐ横に墓場があった。タブーなどほとんどない世界。死を忌む文化さえない純粋な時代。生は死であり、死は生である。古墳時代でもそのような雰囲気は残されていたと思います。


今城塚古墳(500年代前半)からも出土している家型埴輪(撮影OKな歴史館です)、現在の神社建築につながる造りをしています。

なかでも家形埴輪は、高さが170cmもあり人の身長並みで、入母屋(いりもや)造りで、神社建築の屋根を飾る鰹木(かつおぎ)、千木(ちぎ)があり、高床の柱を円柱で表現している。吹き抜けの構造で神社とも考えられる。wikipedia:今城塚古墳



そして、巫女たち。




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