甲山セレブリティ④ 〜 天目一箇神 〜

kohya_hibiki+spirituality2012-05-06



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ワーク中、雨が降ったり曇ったり、晴れ間が少し見えたりの不安定なお天気。

ただ、ラスボス手前の最終局面で、例えようのない太陽光に遭遇しました。天からの祝福。完全なる天目一箇神。目からこぼれる涙ではなく光。まさに素目。これほどの太陽光にはなかなか遭遇できません。

どこか荒神さん的な、、そしてスサノオさん的な破壊的なイメージのある北極星マヒトツ。先日のワークでは、完全なる太陽神・光の精霊として私たちに姿を見せてくれました。


風引き 琴弾き 雲の間から雨の間から 天の間神 あらわる



長野県の蓼科山がメノカミヤマと呼ばれていたことは随分前の女神湖巡礼記事に書きました。蓼科山も巨石遺構あふれる巨石パラダイス。この2つの地域の古層を統合するとメノカミという地名が巨石時代の何らかの文化を継承しているという結論に達します。

つまり、製鉄・鍛冶の神としてのwikipedia:天目一箇神(あめのまひとつのかみ)が古代大和に定着する前にメノカミという女神がベースとして存在していたということです。

甲山南麓の目神山はどちらかと言えば丘陵。宗教意識の変遷は下記のように考えられます。


①甲山を含めてこの地帯全域をメノカミヤマと呼んでいた(神功皇后以前)

②オリエントの女神軍神との宗教結合がなされ甲山に軍事的性格(鹿島神)が付与された(神功皇后時代)

③軍事的性格が男神に付け替えられ、甲山と目神山で文字通り、男神・女神合体の神事が行われていた(弥生時代

④中央集権(権力・鉱物)が確立されていくにあたり、土着信仰を改組みしていくために
 メノカミが男神であるという宗教改革が行われた(古墳時代以降「天目一箇神」)

天目一箇神は『播磨国風土記』の託賀郡(多可郡)の条に天目一命の名で登場する。土地の女神・道主日女命(みちぬしひめのみこと)が父のわからない子を産んだが、子に盟酒(うけいざけ)をつぐ相手を諸神から選ばせたところ、天目一命についだことから天目一命が子の父であるとわかったというもので、この神話は農耕民と製銅者集団の融合を表していると考えられている。wikipedia:天目一箇神

昨年12月に完成して以来、全ての巡礼にずっと引き連れていっている天目一箇神ブレス。かなり重要な精霊です。トップの写真でも風が吹いているように、精霊そのものがwikipedia:セイレーンの宗教意識と結合した可能性もあります。精霊の語源がどこにあるかは調べてみないといけませんが、セーレーとかショーリョーとかそのような響きの言葉はあったと思います。

それらをなぜ<吹いたり・流したり>するのかは、神社の大祓えの儀式に参加してみるとなんとなくわかると思います。



天目一箇神については魚座から水瓶座へ 〜救世主は亀?〜記事もご参照ください。




今日の動画Celtic music


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