愛されて赦されて認められて 〜 SilenceBody Flows In 〜


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HMT内でのKGさんのお話から『晒す』という言葉が出てきたのでこちらでさらに。

そう言えばサラスヴァティーメッセージの時にちょうど桂川などが合流する石清水八幡宮の場所が出てきていたので、何か嵐山や桂川と深く関わっているのではないかと感じています。

【晒すBody=サラスヴァティー
(サイラスというインスピレーションも、、最後のサイ(西)という意味でしょうか、、、)

女体神社(女躰神社)のことについては以前書きましたが、かなり深いです。全国的に認知されていただろうとされるミヌメの龍神のルーツにもなっているだろうからです。

これは先日書きました河内龍神とも関わっており、河を賛美する古代大和の信仰はかなり強かったと思います。それもそのはず、禊そのものが河の中流域で行われることも多かったですから。武蔵一之宮・小野神社には瀬織津姫が祀られており、ここで最も強い河の禊のイメージをもらいました。

美しい世の中ですよね、日本中の国民ひとりひとりが河の水と精霊を拝んでいた時代。しかも押し付けられた信仰ではなく、自らが自発的にそれを行っていた痕跡があるのです。古代寺院などを調べますと大陸からの文化伝播は畿内を通さずに地方独自に輸入し独自発展を遂げていたということがわかります。そのようなスペイン・フランスのような強力な地方性がありながら同じ河神を自発的に皆が拝んでいたというのは奇跡に近いです。


弁才天とサラスバティーは同じものとして認知されていますが、おそらく違っていたんではないでしょうか。江ノ島弁才天のように龍神を抑えたものもありますが、今見えているサラスバティーは緩やかに瀬織津姫と融合しています。おそらく【晒す】=西の日(夕日)というのが先住民族系の信仰でその人たちは瀬織津姫とサラスバティーを同じに見ていたと思います。


その後、その両者を抑えるように弁才天信仰が入ってきているというか入れたきたという感じでしょうか。ただ、そんな中でも本来の河神信仰を守ろうとした人もいましたし、国家神道的に弁才天を広めようとした人たちもいたでしょう。


国家神道的な考えに傾いていた人たちの中にも純粋に国家を思っていた人と国民を支配したかった人に分かれていたでしょう。今と同じです。人間はいつの時代も同じもの。ただ、愛されて赦されて認められたいだけ。自らの中に河があることを知り、そこに愛があることを理解すれば、外側に何かを求めなくてもよくなります。
River Flows In You、、River Runs Through It 、、そして川の流れのように



River Flows In You- Lindsey Stirling

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