森ノ宮から天満-梅田への牛頭ルート
今日は肌寒いですが空気が澄んで太陽の光がきれいでした。
大阪に溜めてた用事とずっと行きたかった所があったので森ノ宮神社から光速巡礼スタート。思いついたら即、行動です。
玉造稲荷神社です。聖徳太子も戦勝祈願したという由緒ある神社。やはり岡山の岡は勾玉と関係がありますね。
これこそまさに私が感じていた役小角【円と牡角】。こんなところで出会えるとは・・・すごい導きです。
マリアさま!ずっと訪問したかった場所。
そしてなんといっても、wikipedia:細川ガラシャ。光明皇后と並んで私が最も敬愛する人です。
散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ (辞世の句 38歳)
凄まじい精神的境地です。彼女を題材にしたオペラは神聖ローマ帝国の劇場で演じられていますからね。
逆側には、wikipedia:高山右近がいました。この方も好きです。大阪カテドラル、萌え過ぎです。写真も結構、撮りましたが私のようなネストリウス系の異端者がご迷惑をかけてもいけないのでほどほどにしておきます。
そして難波宮へ。大化以降150年間ほど日本の首都になった場所です。
その後は大阪天満宮へ。HMTのKさんから天満のことを聞いて、天馬のインスピレーションへとつながり、今回の様々なことを解決するきっかけになりました。
干支の天上画きれいです。
天神さまの雷は恐いですよ!
おっきな白太夫社がありました。
高知に白太夫(度会春彦)のお墓があるので去年行ってきましたが、大変なことになってました。藪になっていて立て札に触れると倒れました。ちゃんと差し込んでおきましたが後はどうなっているかわかりません。地元でもほとんど知られていない存在なのでどうすることもできません。度会春彦は道真を育てた伊勢外宮の神官です。伊勢神道は度会神道とも言われているのに、このひどい扱いはなんなのかと思います。地元の資料には、春彦が大宰府から土佐国衙付近まで来ていることは記されているようですが、長男高視に道真の遺品を届けるか届けないかのところで亡くなっているらしいのです。怪しさテンコ盛りです。まさにこれ、牛尾の江と牛頭天王に関わっていますので、玉造ですよね。でも結局この部分は山崎闇斎に引き継がれていくことによって解決されていったので、まあ良いかなという気はしています。闇斎が若い頃、留学していた寺の近くに白太夫の墓があるんです。
ここのあたりのことは綱敷天神社の由緒書きに詳しく書かれています。
話を元に戻すと、その後、天満付近を調査して、梅田に行って終了となりました。牛頭天王と天満宮信仰がすごく濃いですね。
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