皇吹くをもって貴しと為す

昨日、本屋に立ち寄った時にたまたまアランの「幸福論」に出会って懐かしいな、と思ってパラパラと見ましたが、やっぱりいいことが書いてあります。本物はいつまで経っても本物です。逆に偽者は時間が経てばあっという間に崩れていきます。

20代前半から「普遍とは何か?」の問いをしてきた自分にとってアランの「幸福論」は目から鱗でした。そこから哲学書を広範囲に読み漁って長年、社会に対して抱いてきた疑問が晴れ、確信に変わりました。ハンパではない量の本を読みました。何年も図書館通いをしていたのでたくさんの図書カードがあります。学術系の図書は一般図書館には、ほとんど置いていないので大学図書館などにも登録してあります。

各地域の民度というのは、その地域に存在する図書館の充実度に比例しています。

それを考えて、当時好きだった林檎姐さんの幸福論を聞いてみますと、スタンスが同じであることに気づきます。



ほとんど生声だけでここまでメロディアスなのはやはりすごいと思います。
姐さんなんて言っては怒られますね^^;今、調べたら私のほうが年上でした。そ、そうだったんですね〜驚きました。デビューが早かったからですね。



野田首相を裏で操るものたちを争いや戦いで討ち取ることはできません。彼らが最も恐れるものは人間の良心の連帯と笑いと幸福です。怒りが巻き起こればそれを利用し、国家同士を戦争に持ちこみ、武器を売ってボロ儲けできるのです。

彼らがその潜在的な最も巨大な仮想敵国とみなしているのが、古代において様々な民族・様々な宗教を大いなる和で統合/融合した大和民族です。国境を越え幸福で多くの民族をつないでいくNINTENDOなどの日本企業を彼らは非常に苦々しく思っていました。

真実を見極めることはとても大切なことです。しかし、そのことによって怒りや憎しみ、怖れに捉われることは回避しなければなりません。我々の先祖が打ち建てた「人種差別撤廃、人類皆兄弟、共存共栄」という世界史に類を見ない大金字塔に負けないくらいの高い理想を持たなければなりません。

日本は既にアメリカと中ロの情報戦の最前線の戦場になっています。それはまるで戦国時代のwikipedia:真田氏を取り巻くような状況なのです。世界が既にそのような状態になっているということをまず認識する必要があるでしょう。東日本大震災もTPPもその世界潮流の中から出てきている出来事です。

日本人がこれから危機を通過し生き残っていくためには、真田の戦略を用い、古代大和を復活し、如何なる状況下にあっても<笑いと幸福の渦>で世界を融合/統合へと導いていかなくてはならないのです。しかしその中で犠牲になった当事者の方たちはそこまで割り切れるわけではありません。そこは周りのものが察しと思いやりをかけてあげる必要があるでしょう。

思考停止の<笑いと幸福の渦>ではなく、哲学的問題を超越した<和来と皇吹くの渦>が必要なのです。これはwikipedia:十一面観音のひとつの顔である暴悪大笑面の境地なのかもしれません。

攻撃に対して攻撃を返してしまえば中ロ米と同じレベルになってしまいます。これら3大国に挟まれて私たちが自衛・自主・自活を掲げていくためには彼らよりも高いレベルに到達し三つ巴を抑えていかなくてはならないのです。核の時代は決着が一瞬でついてしまいますのでそれがもはや軍事力ではないことは誰にでもわかります。それが核を扱う意識であるということは半数の人がわかるでしょうか(もちろん抑止力は必要です)原発人災で最も問題になったのは原発システムではなく、原発を扱う人間の意識でした。

最近、降りてきている不死身の藤原のメッセージの真意はそこにあります。私たちは生者だけで生きているわけではありません。何百億/何千億という先祖の屍の上に生きているということを感じてください。未来を憂う暇があったら近くの神社に行って先祖に手を合わせてください。幸福は皇吹くであり、白き王の息吹なのです。

日本人全てが無用の怖れを持たない涅槃の境地に立ったとしたら世界はどう変わるでしょうか?想像してみてください。「愛を持て、光になれ」などというような新興宗教者/ポジ過ぎるスピ屋まがいのことは私は言いません。ただ、多くの人がより本質的な境地に到達すれば日本人の宗教意識は世界を変えるほどのエネルギーを持ちます。

だからこそ聖地巡礼をやっていますし、Healing Master Templeをやっています。既にスピリチュアリティが世界を破滅に向かわせるか楽園へと向かわせるかの分岐のインテリジェンスになってきています。

混沌とした世界において人間が信じうるべきものとはなんでしょうか。やはり、それは良心であり、偽りのない愛でしょう。<①光と闇の分離ゲーム>や<②光だけを迫る二者択一ゲーム>は危険ですが、<愛を偽る融合のゲーム>も非常に危険です。その全てに怖れが潜んでいます。

それらを超越し、ブレナイ国常立を持つためには剣や矛が必要です。それを建てる為には土台(第六天)が必要であり、次に心御柱(天御中主)、最後に屋根(アメノコヤネ)が必要です。全て日本神話に描かれています。そのような内なる芯を獲得するためにも、Healing Master Templeは存在します。現在の教育は、あと10年後にはなんの役にも立たないだろうと思いますが、Healing Master Temple で培っております知恵はこれから益々必要になってくるインテリジェンスです。

よく考えてみて欲しいのは、不安が自分の心を襲う時に、その不安を除去してくれるものがなんであるかと言えば、経済学や経営学社会学や法学ではないはずです。自分の中の信じられる何か、あるいは信じられる仲間たち、そこから頂ける励まし、などです。経済とは日本においては元々、世を経(おさ)め、民を済(すく)うというのが語源です。

それが今や、大人になった人たちが民を救うという意味がわからない、世を治めるという目的のために行動できないような世の中なのです。教育の主眼が知情意であるように、世を治め民を救うというのは小学校の頃のスローガンです。少なくとも教育勅語の下では、その本意である目的をほとんどの者が理解していたと思います。その心の働きがまず形成されて後、高等学校や帝国大学に進んで世を治め民を救うための手段を勉強するのです。

ただ、それは個人の責任ではなく教育の失敗が原因であるから、教育を市民レベルで改革しなければいけないという想いがスピリチュアリティとかHMTへとつながってきているだけなのです。最も影響を受けたのは、一般的ですがwikipedia:ジャン=ジャック・ルソーの『エミール』です。教育とは?これは本気で10年以上前の記事です(笑)エミールを転記してあるので良ければご参考までに。

全ての結果には原因が存在します。原因を探る探究心は、やはり、知情意の中から出てくるものであり、それは結果的に先祖への感謝へとつながり、それが信仰へと昇華し、メッセージの受信というふうになるのです。そのレベルへ多くの人たちが到達することが世界レベルのアセンションであり、日本レベルにおいては古代大和への回帰、という具合になるわけでございます。


人気ブログランキングへ

Visionary ONE ホームサイト

Visionary ONE 携帯版
ぽちっと押して頂けますとうれしいです*^^*