Love devotion

kohya_hibiki+spirituality2013-08-24



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いつもありがとうございます。


色んな業界の方とお話をさせて頂いていますが、総論は『不安定』であるということだと思います。


社会学的に見れば、国が明確な方向性を見失っている中で国民は例えようのない不安に襲われている。


経済学的に見れば、米国が来月あたりに大規模な金融緩和を行うという予測が立てられている中で円安トレンドは確実。といえども、一体その先に何があるのか?という根本的なファンダメンタルズが見えない。という状態。


心理学的に見れば、国民の例えようのない不安が、敏感な人たちの心を蝕んでいる。特に子供や繊細な人たちにとって7月からの深い闇は精神に異常をきたすものにまでなっている。


なぜそうなのかと言えば、魂が未来を知っているから


ネガティブな未来を予測すればネガティブな未来がやってくるという単純な問題ではなくネガティブな未来が見えているからこそwikipedia:言挙げせずに少しでもポジティブな方向に向かわせるために努力を重ねるということなのです。




確実な未来を見たいという衝動は、『今』においては”麻薬”のようなもの




私は”今は我慢するトキ”という結論を得ています。




守りに入れば、必ず闇に襲われます。攻撃的になれば闇は払拭されますが、それが思い込みや偏見によって、間違った方向へと進んでしまうことが、『今』におけるトラップなのです。



『不安を攻撃に変える』というトラップに、はまってしまうことは、ダークサイドに落ちてしまうことを意味します。


そうではなく、『不安を創造に変える』というのがライトサイドになります。



このような心理学的意味を理解するトキ、あるいは共有するトキに私たち日本人は本当の【Time】を手に入れることができます。




<トキ>に関するバックボーンは震災直後の記事”トキとまりコウあらわる”記事まで




今は、原発容認派と脱原発派が”不安を攻撃に変えて”互いにネガティブキャンペーンをやっている段階。その狭間から出て来る本物の第三極



鎌倉時代の鎌倉仏教というのは、古墳時代に入って来ていたネストリウス派を含めた古代仏教や天平・白鳳期以後の大陸系の仏教とは一味違う国風的な攻撃的仏教。



戦乱が続く世の中で違う未来を見ていた人たち



無益な二極化の闘争に何の意味も感じない哲学的なLove devotionな方たち




造られた世論ではなく、私たち自身がつながりを創造していかなくてはなりません。


戦後を対象化し、個人主義という怪物に対しても客観視できる知性を兼ね備えなくてはなりません。


認められたい、愛されたいという衝動の裏に何があるのか?そこには認められなかった、愛されなかった過去があるわけであり、その過去を引き摺ったままで名声やスターダムを手に入れようとすることは自分に嘘をつくことになります。


まず過去を癒し、何物をも手に入れようとも思わなくなった時こそがニュートラルでありニルヴァーナになります。先日の幸せになりたいオーラの話しではないですが、あらゆる根源は同じです。根が腐っていればきれいな華は咲かない。


求めるものが自分へと返ってくるものならば、それはエゴになります。それが原発をここまで巨大化させた最もミクロな日本人の精神構造であることを再認識しましょう。


自分以外のもののために自分を投げ出す勇気、知性、準備。ラブデボーション(献身的愛)はいつでも皆を待っています。


愛国とは献身です。地域を愛することも献身です。目に見えないものを信じることも献身以外の何物でもありません。







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